高校生さんからの質問にお答えします

先日、id:keykeep146さん(高校生さんだそうです)から下記のような質問を受けました。
このエントリはこれらのご質問にお答えするためのものです。

自分の今目指している分野は、「生命の起源」です。
特にRNAワールド仮説に興味があって、欧米のほうが研究が進んでいると聞いたのでアメリカ留学を考えました。
アメリカでどういう位置づけの分野なのかよく分からないのですが、基礎寄りな気がしたので、ポスドク問題を調べていました。
ポスドク問題が深刻な分野ですか?


あと、特に興味がある研究室がイギリスとアメリカにあるのですが、アメリカだと一度に取る人数が少なくて、なかなか希望の研究室に入りにくいと聞きました。
希望の研究室に入るのはやはり難しいですか?


http://hakase.g.hatena.ne.jp/poccopen/comment?date=20090720#c


id:keykeep146 さん、お返事がたいへん遅くなって申し訳ありません。
アメリカの大学院のシステムなどについて、僕では分からないことが多かったので同僚のポスドクさんに話を聞いてみたり、ウェブ上で見られるポスドクについての資料を探してたりしてたので、エントリをまとめるまでにずいぶん時間がかかっちゃいました。すみません。

さて、がんばって質問にお答えします。もし参考になれば嬉しいです。

Q1: ポスドク問題が深刻な分野ですか?

A1: はい。バイオ系は、残念ながらポスドク問題が深刻な分野だと思います。


RNAワールド仮説を取り扱う、ということですと、分野としてはやはりバイオ系、しかもかなり基礎寄りということになりますよねぇ。
もちろん、RNAワールド仮説をどういう切り口で検証したいか、という点に依存して、化学寄りだったり物理寄りだったりもするとは思いますが、いずれにしても産業応用からは遠い分野であるように思います。
製造業に近い工学系の分野だったりすると、大学の研究室がもっている技術がそのまま製品の製造・開発に生かせたりする場合があったりして、博士号取得者がするっと民間企業の研究部門に入れたりする例もあるそうですが、バイオ系の基礎分野はすぐに産業に結びつく、というわけではないので、学位取得後に民間企業の研究部門に入る、という選択が比較的困難です。
で、研究を続けたい人の大部分が大学などアカデミアに残ることを選び、限られたアカデミックポストに対して過当競争が生じています。
大学院重点化以降、ドクター輩出数は増えているのに対して、任期なしのアカデミックポストの数は逆に削減されてきている、ということもあって、状況は悪化を続けています。


この状況を受けて、博士課程の定員を削減するべき、という意見も聞かれます。
が、直ちにドクター輩出ペースを半減させたとしても、既にかなりの数のポスドクがすでに滞留してしまっているため、状況はゆっくりとしか改善しません。(下記ブログエントリが参考になります)
今の高校生世代の皆さんが博士号を取得する頃(=約10年後)、この状況が劇的に改善されているとは思えないんです・・・。

ポスドク数の推移シュミレーション
海外ポスドク就職活動日記
http://ameblo.jp/gogo-pd/entry-10301976849.html


ポスドクについての統計資料としては、下記のものが多少参考になるかもしれません。
残念ながら、ごく最近のポスドクの進路動向についての資料は見つけられませんでした・・・。
博士号取得者の凄惨な末路については、「博士が100人いるむら」というflashが有名だったりしますが、情報がちょっと古いのと、煽りすぎの感が否めないので、リンクは載せずにおきます。(検索すればすぐ見つかっちゃいますが)

大学・公的研究機関等におけるポストドクター等の雇用状況調査 - 2006 年度実績 -
文部科学省 科学技術政策研究所
http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/mat156j/pdf/mat156aj.pdf


バイオ系ポスドクに限った資料としては、下記のものが参考になると思います。
たぶん僕も回答者のひとりとして数えられてるはず・・・(当時は学位もってませんでしたが)。
ポスドク関連の情報は第3章でまとめられています。

第2回バイオ系専門職における男女共同参画実態の大規模調査の分析結果
平成21年5月 特定非営利活動法人 日本分子生物学
http://wwwsoc.nii.ac.jp/mbsj/gender_eq/doc/enq2007_mbsj_rep.pdf


バイオ系ポスドクが余ってるっていう状況は、なにも日本国内に限ったことではなくて、米国でもかなり以前から問題が指摘されています。(ずいぶん古い記事ですいません↓)

Jobs crisis sparks call for freeze in number of PhD students in US
Nature 395, 103-103 (10 September 1998) doi:10.1038/25796 News
http://www.nature.com/nature/journal/v395/n6698/full/395103a0.html
http://www.sauvonslarecherche.fr/IMG/pdf/395103.pdf


米国のバイオ業界(NIHからの予算をもらう人々)では、ここ25年で、研究者が独立する年齢の平均値が5歳ほど上昇しています。
※下記資料の閲覧にはMicrosoft PowerPoint形式のデータを開けるアプリケーションが必要です。
もしPowerPointをお持ちでない場合には、下記のソフトウェア(いずれもフリー)をダウンロードしてお使い下さい。
PowerPoint Viewer 2007
http://www.microsoft.com/downloads/details.aspx?displaylang=ja&familyid=048DC840-14E1-467D-8DCA-19D2A8FD7485
Open Office
http://ja.openoffice.org/

AVERAGE AGE OF PRINCIPAL INVESTIGATORS
NIH Extramural Data Book last update May 2008
http://report.nih.gov/NIH_Investment/PPT_sectionwise/NIH_Extramural_Data_Book/NEDB%20SPECIAL%20TOPIC-AVERAGE_AGE.ppt

Q2: 米国で希望の研究室に入るのは難しいですか?

A2: やはり簡単ではないようです。


僕は日本で学位を取得して、ついこの間から米国(ペンシルバニア大学医学部)でポスドクを始めた人間なので、アメリカの大学院入試についてはよく知りません。
ですので、同じラボののポスドクさんに聞いてみました。
彼によると、HarvardとかStanfordとか、トップクラスの大学で有名教授のラボとなると、大学院入試、かなり難しいらしいです。
まず、非英語圏からの出願時にはTOEFLの点数が必要です。TOEFL足切りに使われるので、基準点に達しなければ門前払いです。
で、大学院入試では、GRE(Graduate Record Examination)が利用されるわけですが、これらの大学の院試ではほぼパーフェクトに近い成績が要求されるそうです。
さらに、質の高い学生を確保する意味で、出身大学名・学部(もしくは修士課程)での研究内容・指導教員からの推薦状・publication(もしあれば)も重要視されるそうです。
でもって、事前にボスとコンタクトが取れていて、良好な回答を得ておくことが望ましいそうです。
が、うちのラボのポスドクさんによると、この事前のコンタクトというのが米国外の学生さんには難しいのではないか、とのことでした。
ビッグラボのボスはたいてい非常に忙しいので、undergraduate student(しかも外国の)からの連絡はスルーしてしまうことも往々にしてあるので・・・。
(僕自身、有名ラボのボスに菌株やプラスミドDNA分与のお願いメールを出したものの返事がない・・・というようなことはちょこちょこ経験しました)


それから、学生の採用数には景気の状況が影響します。
米国内の景気がよければ、大学院へ行かずに民間へ就職する学生が増加し、かつ科学研究予算も(相対的に)潤沢なので、大学院への入学は容易になります。
逆に景気が悪ければ、大学院入試の競争は激化します。
もちろん、景気の状況はポスドクの採用数にも影響します。はぁ、景気、よくなってほしいですね・・・。



うぅ、どちらのご質問に対しても、割とネガティブな回答になっちゃいましたね・・・。
生物学の研究が面白くて、楽しくて、今の職業を選んだ僕としては、高校生がバイオ系の研究者になりたい、って言ってくれることは、それはもう、非常に嬉しいことなんです。
でも、「バイオ系楽しいよー、面白いよー、おいでおいでー。(でも後は知らないよー)」って無責任に勧誘することはできない状況なんですよねぇ、少なくとも今は。
なので、現実を反映した厳しめのお答えをしたつもりです。
この現実を知ってもなお、バイオ系の研究をしたい、と思い続けられるのなら、ぜひ挑戦して下さい。
強い信念がある人は、成功する確率も高いですよ。きっと。


こんな内容ですが、もし何かの参考になれば嬉しいです。
お答えするのにずいぶん時間がかかっちゃってますが、文章自体はだいぶ急いで書いたので、分かりにくい点もあるかもしれません。
追加の質問も歓迎しますので(次はもっと早く回答するようがんばります)、ご遠慮なくどうぞー。
公開の場で聞きにくいこと(例えば、「ずばり給料いくらですか」とか)があれば、 poccopenn@gmail.com 宛にメールで質問して下さってもかまいません。こっそりお返事します。


高校生って、自分の将来について、すごく自由に想像したり悩んだりできる、貴重な時期だと思います。
(大学→院と進むにつれて、想像の自由度が下がってくる気がします)
どうぞ、めいっぱい、楽しく、未来を想像したり、将来に悩んだりして下さいませー。
今回は質問して下さって、たいへんありがとうございました。