15分で覚えるポジコン・ネガコン絶対攻略マニュアル

いいタイトルが思い浮かばなかったので、ホッテントリメーカーに頼ってみました。
(普通に"Re: うまくいく実験、うまくいかない実験"とした方がよかったかも・・・)


タイトルはこんなですが、このエントリは、
id:tsugo-tsugoさんによる下記のエントリ
http://d.hatena.ne.jp/tsugo-tsugo/20090221
を拝読したのをきっかけに、自分の実験に対する姿勢を振り返って考えてみたことのまとめです。


上記のtsugo-tsugoさんのエントリに対しては、既に、id:klonさんがこちらのエントリ
http://d.hatena.ne.jp/klon/20090222/1235294611
にて、大規模な実験を中心とした内容をお書きになってます。


僕(守備範囲は分子生物学)のいるラボは比較的ヘテロなメンバーから構成されていて、ほぼ一人一テーマに近い状態です。
という事情もあって、僕には多数の研究メンバーが関わるような大規模な実験の経験はありません。
基本的にひとりで実験を計画し、ひとりで実験を遂行しています。
ですので、生物学におけるわりと小規模な実験というのは、こういうコンセプトのもとで組み立てられてますよー、というお話しかできません。あしからず。
結果的に、これから実験を始めるような学生さん向けの内容になってしまったので、きっとtsugo-tsugoさんやklonさんをはじめとする関係者の皆さんにとっては、いささか平易すぎる*1説明になっちゃってると思います。ごめんなさい。

1)「実験」とは何か

さて、まずはこのエントリ内での言葉の定義について。
手っ取り早いので、Wikipediaから持ってきました。

実験(じっけん)とは、構築された仮説や、既存の理論が実際に当てはまるかどうかを確認することや、既存の理論からは予測が困難な対象について、さまざまな条件の下で様々な測定を行うこと。知識を得るための手法の一つ。


実験 - Wikipedia

これでもちょっと長いので、ここでは以下のようなさらにコンパクトな定義にしたいと思います。
実験=何らかの仮説検定のための何らかの測定*2
この定義に従えば、「この大腸菌はPというプラスミドを持っている」という仮説を検定するために行われると考えれば、コロニーPCRだって立派な実験です。*3

2)「実験がうまくいく」とはどのような状態か

ここでは、「実験がうまくいく」=「実験の目的が達成される」と考えます。
上記の「実験」の定義に基づけば、実験の目的は「何らかの仮説を棄却するかどうかを判断すること」です。
この目的を達成するために、実験者は「何らかの測定」行うわけです。
すなわち、
実験の目的=何らかの仮説を棄却するかどうか判断しうる、信頼性のある測定値を得ること
と表現できます。

分子生物学における「測定」

生物学、特に分子生物学分野の測定においては、多くの場合、絶対的なスケール(ものさし、尺度)が存在しません。
例えば、ある組織のある細胞におけるある酵素の活性測定値は、たいていの場合、その組織・その細胞においてのみ意味を持つものであり、別々の組織の間で酵素活性の絶対値を比較しても意味がなかったりします。
このため、生物学実験では、実験の都度、スケールを用意する必要があるわけです。

スケール設定としての対照実験

絶対的尺度の存在しない生物学実験に、「相対的」尺度を持ち込むため、生物学者は「対照実験(コントロール実験)」を組みます。これもWikipediaから。

対照実験(たいしょうじっけん)とは、科学研究において、結果を検証するための比較対象を設定した実験。コントロール実験とも呼ばれる。条件の差による結果の差から、実験区の結果を推し量る基準となり、実験の基礎となる。


対照実験 - Wikipedia

対照実験においては、必ず比較対照が設定され、各サンプルの測定値の相対的差異の有無をもって何らかの仮説の検定を行うわけです。

ポジコン(ポジティブコントロール陽性対照*4

対照実験において設定されうる比較対象のひとつがポジティブコントロール、ポジコンです。
大雑把に言えば、「うまくいく・効果があることが分かっているもの」、です。
例えば、ある細胞Cにある薬剤Dを与えると、ある酵素Eの活性が上昇する、ということが既知である系が存在するとします。
で、実験者は薬剤D'もDと同様に酵素Eの活性を上昇させるのかどうか知りたい、つまり「薬剤D'には細胞C内の酵素Eの活性を上昇させる効果がある」という仮説を検定したいとします。
このとき、ポジティブコントロールとして設定されるのは、当然、「細胞Cに薬剤Dを与えたときの酵素Eの活性」です。
この測定値が、スケールの右端の基準点(厳密には右「端」とは限りません。あくまでもゼロでない方の基準点、という意味)になるわけです。ここで得られた測定値が、ネガコン(後述)に比べて十分大きければ、測定系自体が期待通りに動いていることが保証されます。


上記のような効果既知の薬剤が存在しない場合、ポジコンが設定できないことがあります。
このような場合、細胞Cに対して何らかの薬剤を与えて、酵素Eの活性が上昇しなかったとしても、薬剤に効果がないのか、測定系がうまく動いていないのか判断することができません。
すなわち、ポジコンのない条件下では、例えば「薬剤D''には細胞C内の酵素Eの活性を上昇させる効果がない」という仮説を検定することはできません

ネガコン(ネガティブコントロール陰性対照*5

対照実験において、必ず設定することのできる比較対象がネガティブコントロール、ネガコンです。
大雑把に言えば、「うまくいかない・効かないことが分かっているもの」、です。
ポジコンのときと同様に、ある細胞Cにある薬剤Dを投与するとある酵素Eの活性が上昇する、という系があるとします。
で、実験者は薬剤D'もDと同様に酵素Eの活性を上昇させるのかどうか知りたい、つまり「薬剤D'には細胞C内の酵素Eの活性を上昇させる効果がある」という仮説を検定したいとします。
このとき、ネガティブコントロールとして設定されるのは、「細胞Cに薬剤の溶媒のみを与えたときの酵素Eの活性」です。
この測定値が、スケールの左端の基準点、ゼロ点に相当します。


ポジコンが設定できないケースはままありますが、ふつうネガコンは必ず設定できます。
効果が「ない」ことを示すためにはポジコンの設定が必須ですが、ポジコンが設定できないときでも、ネガコンが設定でき、かつサンプルの測定値が統計的に有意にネガコンの値よりも高ければ、このとき投与した薬剤には効果がある、と判断することは可能です。

実験条件の検討=ポジコン・ネガコンの差異の最大化・安定化

生物学実験では、各サンプル間での実験条件を完璧に揃えることは非常に困難です。
このため、測定値にはいろいろな誤差が乗ってきます。
仮説の棄却の可否を判断するためには、この誤差に埋もれずに測定値を比較できるスケールが必要です。
このために、実験者は複数回の実験を行い、各実験における測定値間のブレが小さいこと(測定値の再現性)を確認します。
また、このブレの大きさに対して、ポジコン・ネガコン間の差異が十分大きいことを確認します。
もし、ポジコン・ネガコン間の測定値の差異が十分でなかったり、実験ごとに測定値が大きくぶれたりしている場合には、統計的に有意な、信頼できる測定値を得るため、細胞の培養条件や酵素活性の測定条件の検討を行うわけです。

ポジコン・ネガコンの設定を意識する意義

実験を計画・実施するとき、ポジコン・ネガコンの設定を意識することで、自分が何と何を比較し、どのような仮説を検定しようとしているのか、という点に立ち戻って考えることができます。
実験が仮説どおりの結果を出し続けているときは、ポジコン・ネガコンのデータを取ることは面倒なだけかもしれませんが、たいていの実験はそううまく仮説どおりにはいきません。
こんなとき、実験者は自らの仮説を棄却・修正する必要に迫られる(この仮説修正能力こそが実験者の真価が問われる局面であるように思います)わけです。
信頼に足るコントロールを取っていれば、速やかに仮説の棄却の可否を判断し、次の実験に進むことができますが、十分なコントロールを取っていなければ、実験の成否を判断することができません。時間や労力や試薬は無駄になってしまいます。
仮説の可否を判断することができない、そんな実験はもはや実験とは呼べませんよね。

以下余談

どんなに小さな、つまらなさそうに見える実験でも、きちんとコントロールを設定することによって、その実験を通してしか検証することのできない、何らかの仮説についての判断を行うことができるはずです。
それは周りから見れば車輪の再発明といわれることかもしれませんが、教科書の内容の受け売りではなく、自力で何らかの仮説を検証できる、ということはとても素晴らしいことだと、僕は思います。(まぁ、再発明ばっかりじゃダメなんですけどね)


いま検証されようとしている仮説は、もしかしたら将来、ほかの誰かの仮説の土台になるものかもしれません。(身近なところでは、先輩の実験結果を元に、後輩が新しい実験を計画する、とかありますよね)
現代のサイエンスは、これまでにたくさんの科学者によって行われた、幾多の実験によっても棄却されることのなかった、たくさんの仮説の上に成り立つものです。
そんな仮説の塔の上に、ちょこんと腰掛けさせてもらっている者として、実験に対しては真摯でありたいと、そう僕は思います。


いやー、慣れないことはするもんじゃないですね。
後段だいぶ青臭くなっちゃいました。

*1:ブコメにて「難しい」というご指摘あり。どうしよう。

*2:なんの仮説もない状態での測定、という状況については、今回は考慮してません。ごめんなさい。

*3:まぁ、現場ではコロニーPCRなんて「作業」の部類なわけですが・・・。

*4:陽性対照っていう言葉は僕の周りではまったく使われてません。みんな「ポジコン」って言ってます。

*5:陰性対照っていう言葉も僕の周りではまったく使われてません。「ネガコン」です。